ショートストーリー
生きている意味
タケルが死んだ・・。交通事故だった。
知らせを聞いて、病室に駆けつけた時には・・もう息をしていなかった・・。
死顔はとても穏やかだった・・・。
私とタケルは、二ヶ月後に結婚する予定だった。
最後の瞬間をみていないせいか、タケルの死を受け入れたくないだけなのか、とにかく私は
彼に永遠に会うことができないという現実をうまくのみこむことができなかった。
タケルはただ、いつものように出張に出掛けているだけで、もうすぐたくさんのお土産と一緒に笑顔で戻って
くるような気がしていた・・。
だからお通夜の間も、お葬式の間も、テレビドラマのワンシーンを眺めているようで、まるで現実味がなかった・・。
病院で彼を見た瞬間からずっと、私は涙すら流していない。
目の前で起きていること全てが夢のようなことに思えた。
声をかけに来るたくさんの人たち・・その人たちの声も、トンネルの中にいるみたいに響いて、何を言っているのか
わからない。
その人たちの顔も、ビーズの中から見ているように歪んで、よくわからない。
そう・・これは悪い夢なんだ・・・。
現実感を失ってしまった私は、日常の全てを忘れた・・。
食事、眠り、人との会話、仕事。結婚式のキャンセルや、仕事場への連絡も誰がしてくれたのかもわからない・・。
ただ部屋の隅っこで、昼も夜も、窓から見える景色を、ずっと眺めていた・・・。
何も考えない・・何も感じない・・・。どれくらいそれを続けていただろう・・・。
ある時私はストンと眠りに落ちた。
気がつくと見知らぬ街にいた。昭和の街のような、どこか懐かしく静かなところだ・・。
そこに、タケルがいた。
いつも彼が乗っている自転車にまたがって
「よう!」
と手をあげた。
「久しぶりだなぁ、どうしたんだよその顔。てんで元気ないじゃないかよ。」
(あなたのせいじゃない。あなたが私を一人にするから・・・。)
そういう言う代わりに、走ってタケルに抱きついた。
暖かい・・。タケルの胸。なんにも変わらない。私の安心の場所・・
タケルは笑って、髪を撫でてくれる。
髪を撫でながら、彼は言った。
「それじゃー行こうか☆」
私は顔を上げて彼に言う。
「行くってどこへ??」
「案内するよ、後ろに乗りなー」
しばらく自転車で走った。
「ここ、タケルの街?」
「うん、結構いいとこだよ☆」
あちこち回ってみる。
出会う人達とタケルは静かに頭を下げて、挨拶し合う。
「みんな知り合いなんだね!」
「まあね。」
街も人も、すっごく静か・・。
そういってみると、タケルは
「そっか♪」
と笑う。
公園でソフトクリームを買って、ベンチに座った。
私は一分一秒を惜しんで、彼の横顔を見つめる。
タケルはずーっと遠くを見つめている。
「マナミー?」
「なぁに」
「お前さ、ちゃんと寝て、食べなきゃ駄目だぞ。ブスになっちゃうよ(笑)」
「タケルがそうしろっていうなら・・、タケルがまた会ってくれるなら!」
タケルは一瞬何かを考えているみたいだった・・。
そして、私の方をみて言った。
「わかった。会えるよ☆」
笑顔で応え、人差し指で唇を押さえながら。
「その代わり、ちゃーんと寝て、ちゃーんと食べる、約束だぞ。」
「うん、わかった。約束☆」
「そろそろ戻らないと・・。マナミ、送ってくよ」
最初に出会った場所で、自転車を降りる。
「じゃーまたな。」
「うん、またね。」
そこで目が覚めた。
タケルに会えた・・・・。
嬉しさと愛しさと悲しみが、胸の中でごっちゃまぜになっている。
その日から私はよく眠るようになった。眠ればタケルに会える。
そして、食事をとるようにもなった。タケルとの約束だから・・。
夢の中で私たちは、いつもあの街にいた。
街のいろんな場所に行く。
そして、夕暮れ時に、さよならをする。
会うたび、タケルは街に溶け込んでいくようだった・・。
はじめの頃は、
「一緒にいたい!帰りたくない!!」
とわがままを言ってみるものの、
「マナミは帰らなくちゃいけない・・」
と静かに言われると、それ以上頑張れなかった・・。
私はいつも、タケルの横顔を見つめる・・。
タケルは遠くをまっすぐ見つめている。
そんなことがしばらく続いた。
タケルに会いたいが一心に、食べて、眠っているうちに、私は日常を取り戻しつつあった。
だけど、ここ何日か、タケルに会えない時間が続いた。
少し、心配になってきた頃、あの街でタケルに会った。
いつものように、街を自転車で周る。
だけど、今日のタケルは、なぜかとても無口だった。
私の心の中にも、わかりたくない・・。だけどわからなくちゃいけない、悲しみのカケラがひっかかっていた。
夕暮れ時、公園の噴水の側で腰掛ける。
タケルが静かに口をひらく。
「マナミ、僕はそろそろ行かなくっちゃいけない。時間が来たんだ。 だけど忘れないで・・。
僕はいつでも、マナミの側にいる・・・必ずまた会えるから・・・だから約束☆
ちゃーんと寝て、ちゃーんと食べる。マナミの毎日を、一生懸命生きるんだよ・・・・」
涙があふれてあふれて止まらない・・。
「ちゃんとするから・・。約束するから・・・。傍にいて、必ず会いに来て!!」
「ああ・・約束。」
タケルがそっとやさしく微笑んだ・・。
目が醒めた。私は、声を上げて泣いていた・・。
タケルが死んでから初めて泣いていた。
わんわん泣いていた・・息が詰まっても、それが嗚咽に変わっても、子供みたいに大声をあげて泣いた。
悲しみというよりは、不思議と、愛とやすらぎを感じていた。
私は今、私の毎日をちゃんと生きている。
タケルと約束したから・・・・
もう、私の現れないかもしれないけど、ちゃんとしていれば、必ずいつか会える日が来るって・・・。
私は信じている。今を、生きている。